【峰雅樹のホームページ】佐賀県に「努力」と「思いやり」と「心地良さ」の風土をつくる!
峰雅樹のホームページ
佐賀県に「努力」と「おもいやり」と「心地良さ」の風土を創る!
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◎【目次】
【峰雅樹の思い】
高校3年時、私は大人への脱皮を模索していました。そんな折り、ソフトボールクラスマッチで打席に立った際に、男子クラスの多くの友人達から名前のコールを受けました。感謝や自分の努力不足を悔やむとともに、今は無力でも、これから自分を磨き続け、誰にも負けないような日本一の男になりたいという気持ちを持ちました。今思えば子供じみた思いですが、県庁に就職後も、その思いは、いつも私の心の片隅にありました。そして、20年前頃から、佐賀県民行動指針七箇条条例を県民の皆さんの住民投票で制定し、定期的に信任してもらう制度づくりを行うことで、佐賀県に「努力」と「おもいやり」と「心地良さ」の風土を作りたいという夢を持ちました。
県庁では、与えられた職で自分なりに精一杯頑張りました。第2の人生をいかに生きていくべきか、日々考えている時に、なぜか高校の頃の思いからたどりついた私の夢を最後まで貫きたいという気持ちが捨てきれません。
ベンチャースピリットを胸に、真面目に一生懸命に努力します。是非、私の夢をもうしばらく追わせてください。
佐賀市・佐賀県の発展に向け、日々努力していく覚悟です。
峰雅樹、令和5年4月の県議選1495票でした。当選にはかなり遠く落選となりました。個人活動での挑戦の中、1495人の投票をいただいたことに心から感謝いたします。
私の高校生からの旅もここまででした。ありがとうございました。
峰雅樹、今後どのような気持ちになるのかも、自分を見つめていきます。
【住民投票による制定、定期的な信任制度づくりを目指したい「佐賀県民行動指針七箇条条例」案】
◎ 佐賀県民行動指針七箇条条例(案)
基本的な指針であり、この指針を各自、十分に理解したうえで、自分らしい行動に務めるものとする。
- 第1条 我々、佐賀県に住む人は、現状に満足せず、自分を高める努力を続けます。
- 第2条 我々、佐賀県に住む人は、日々、一生懸命、仕事や学習を行い、休日は休息し、余暇を楽しみ、心の充実と余裕を目指します。
- 第3条 我々、佐賀県に住む人は、佐賀県に多くの方々が訪れたい、住みたいと思ってもらえるよう、周囲との協調も意識しつつ、充実感のある心地良さを感じられる佐賀県創りを目指します。
- 第4条 我々、佐賀県に住む人は、きれいで快適な佐賀県になるよう、衛生意識や公徳心を高めるとともに、ゴミのポイ捨てはしません。
- 第5条 我々、佐賀県に住む人は、どんな状況であろうと、犯罪はおかさないよう努めます。
- 第6条 我々、佐賀県に住む人は、真面目で、たくましく、おおらかで、恕(おもいやり)の心があり、社会のルールは考慮しつつ、全ての人に対等に接する人を目標とします。
- 第7条 我々、佐賀県に住む人は、毎日の食事のバランスに気を付け、スポーツを楽しみ、健康な生活で長生きを目指します。
- ※ 「佐賀県民行動指針七箇条条例」(案)の知事選挙を活用した住民投票による制定(60%以上の賛成で制定)・定期的(10年超ごとの知事選挙活用・無投票時は延期)な信認制度(60%以上の賛成で信認)づくりを目指すことを目標。
峰雅樹、令和5年4月の県議選1495票でした。当選にはかなり遠く落選となりました。個人活動での挑戦の中、1495人の投票をいただいたことに心から感謝いたします。
私の高校生からの旅もここまででした。ありがとうございました。
峰雅樹、今後どのような気持ちになるのかも、自分を見つめていきます。
【基本的な考えと討議したい主な事項】
(1) 私が目指したい佐賀県創生
『佐賀県に「努力」と「おもいやり」と「心地良さ」の風土を創る!』
(皆で様々なことに一生懸命に取組み、おもいやりを持つことで心にゆとりを持ち、皆が日々の暮らしに充実感のある心地良さを感じるような社会を佐賀県に創っていく。)
(2) 県の重要施策への基本的な考え
- @ 原子力発電は、今後も技術力の進化が必要。地震が少ない佐賀県では、安全に最大限配慮し、継続実施。
- A オスプレイは、平和維持の目的の国防に一定の役割を果たすことは本県の責務上も必要、安全性確保等も討議の上、関係者等への理解を広め配備実現を目標。
- B 諫早湾干拓は、タイラギ漁等の漁獲量向上策の検討、佐賀県側スタンスでの解決への努力とともに、真水のみを流す小堰の設置による放流やポンプによる放流量の増大など打開策の可能性も併せて検討。
- C 九州新幹線西日本ルートは、予算額、利便性、発展性、地元の意向等も考慮し、整備可能性の有無を検討。一定の条件が揃うのであれば整備に向けて努力。
(3) 討議したい主な事項
- @ 情報をより収集した上で、県の重要施策の基本的な考え方に基づき討議。
- A 野菜、豆類、海藻、乳製品、穀物、タンパク質、飲茶など、バランスが良く、健康に良い食生活(血液の弱アルカリ性に近い食生活、ナトカリバランス、亜鉛なども考慮)の推進。
- B スポーツの振興、在宅でできる軽運動の推進、スポーツ施設利用拡大策の可能性の検討。
- C 企業の経営革新や創業・ベンチャー支援、県民全体へのベンチャー精神の啓発による産業振興、ものづくり産業や地場産業の育成、企業誘致の推進。大型公共工事や維持工事の円滑な実施。
- D 佐賀産農林水産物の広報、特産農林水産品の開発、付加価値を生む農林水産品の加工・販売の支援。農林水産物関係の県庁ホールでの展示。
- E 進学高校の職業教育の充実。職業高校の資格取得の充実。県民全体での学びの意識の拡大。県立大学計画と少子化の中で県立大学が必要であるのかについて十分に検討・協議。
- F 外国人発音によるビデオ作成・視聴による幼稚園・保育園、小学校での耳や目による英単語・英熟語教育の拡大。
- G 佐賀県庁職員採用行政特別枠の内部基準の公表。
- H 県内産品の賞品活用、地域クーポン券発行による県内店舗での1万円以上一品購入、商店街での購入、飲食店や宿泊施設で消費拡大する制度創設の可能性の検討。
- I 結婚機運の醸成と結婚時の支援策の充実。出産・育児支援の強化。幼児の安全な通園支援策の検討。
- J 新型コロナの今後の状況の推移に応じた、命を大切にし、経済振興も考慮した的確な対応の着実な実施、感染症防止等に繋がる衛生意識の啓発。
- K 公徳心の啓発、県内美化活動の機運の醸成と実践。
- L 民生委員、自治会、消防団員等の地域支援策の充実可能性の検討。
- M 文化団体実演の県庁ホールでの実施や映像放映、テレビ放映等による文化活動の支援。県内歴史・遺産の確認・広報の継続。
- N 県内祭り・イベントのスタンプラリーの実施による観光振興と県内産品の賞品活用。文化行政やスポーツ行政の観光活用の継続。
- O 建設工事や委託事業の契約準備用や予算用の参考見積書の見積費用の具体的なルール化の検討。
- P 建設工事、委託事業、補助金等の契約事務や支出収入・予算決算事務の代表例や手続きの職員用内部サイトの充実・強化。
- Q 県予算の健全経営の実施。予算の適正執行、予算残額減額の2月補正の効果的な活用。
- R 県庁生活39年9ヶ月間の経験及び今後活動を行う中で収集した情報を活かした各種討議。
(4) その他
- @ 無所属、後援会組織・政治団体無し。政治活動への多数の方の精神的応援や知人への周知は大いに期待。皆でやる雰囲気の醸成に努力。
何事も一生「懸」命に、「恕」(おもいやり)の心を持って取組み、その取組みを佐賀県に根付かせ、佐賀県から発信する志を込め、「佐賀県 懸恕の会」(懸恕:けんじょ)を表明。(「佐賀県
懸恕の会」は、実際の組織化や役職はなく、皆で共有できる理念のイメージとして活用。)
- A 「佐賀県民行動指針七箇条条例」(案)の知事選挙を活用した住民投票による制定(60%以上の賛成で制定)・定期的(10年超ごとの知事選挙活用・無投票時は延期)な信認制度(60%以上の賛成で信認)づくりを目指すことを目標。
峰雅樹、令和5年4月の県議選1495票でした。当選にはかなり遠く落選となりました。個人活動での挑戦の中、1495人の投票をいただいたことに心から感謝いたします。
私の高校生からの旅もここまででした。ありがとうございました。
峰雅樹、今後どのような気持ちになるのかも、自分を見つめていきます。
【略歴、趣味等】
- ・ 略 歴:佐賀県庁職員計39年9月(課長級6所12年)(学校再編・新太良高校準備室長、監査委員事務局監査監、県立図書館副館長、県産業技術学院副学院長、武雄県税事務所副所長、九州陶磁文化館統括副館長)、自治会長2期
- ・ 学 歴:唐津東高等学校卒、九州大学経済学部経済工学科卒
- ・ 現住所:佐賀市兵庫南
- ・ 趣 味:色々なお茶を飲む、インターネット、自宅での軽運動、経済番組視聴、若い頃の歌を聴く 等
- ・ 生年月日:昭和36年(1961年)2月28日
【取組み概要(実績)】
- ・ 県庁では、学校再編・新太良高校準備室長を振り出しに九州陶磁文化館統括副館長まで課長級6所12年間の勤務経験。懸案事項や重要事業等(児童生徒数水増し問題、松浦信用組合事業譲渡、世界炎の博覧会イベント、200海里施行での馬渡島等韓国水域操業、県政府予算提案の県庁取りまとめ、建設工事条件付き一般競争入札の全面導入、太良高校改編計画策定、県警電子申請システムや県議会政務調査費の住民監査、県立図書館好生館分室開設や大和書庫整備等)も担当や取りまとめ役として積極的に取組み、一定の成果を達成。
- ・ 県制度融資、地元銀行総合企画部1年研修、県地域産業支援センター(現:県産業イノベーションセンター)での創業・ベンチャー支援、県産業技術学院副学院長としてものづくり人材育成での側面支援等、民間企業的発想も研鑽。
- ・ 建設技術課副課長、監査委員事務局監査監、現地機関副所長や統括副館長として総務事務や工事事務の重要性を認識。また、県立図書館や九州陶磁文化館の管理職として学びや文化行政の重要性を、武雄県税事務所の副所長として税の重要性を、それぞれ認識。
- ・ 地縁団体自治会の立ち上げと初代自治会長及び10年後に2回目の自治会長の経験を積み、自治会活動の重要性を認識。
【ミッションステートメント(目標の提示)】
◎ 仕事上の私の理想像
- ・ 毎日、毎日を新鮮な気持ちで生きる。
- ・ 自覚が責任を生み、責任がやる気を生む。
- ・ 恥をかく勇気を持つ。
- ・ 現状に満足しない心を持ち、自分自身が大海原に漕ぎ出す勇気を持つ。
- ・ 大きな仕事も、小さな仕事も、面倒な仕事も、仕事は仕事、時間配分を考慮し、一生懸命にやる。
- ・ 仕事のノウハウが残るような仕組みを考える。
- ・ 気概、意気に感ず、よーしやってやろう、そういう雰囲気を作り、そのための仕組みづくりをする。
- ・ 自分を戒める心を持ち続ける。
- ・ 仕事に関しては、砂漠を歩くキャラバンの隊長でありたい。
- ・ 一生懸命にやり続けると、結果的にうまくいかなかったとしても、達成感と成長を感じることがある。
- ・ 人の負担にならないようにし、自分の目標をどこかに持ち続ける。
- ・ 文化を尊び、皆とともに、新たな文化を築き上げていく。
- ・ いつも心に余裕と恕(おもいやり)の心を持ち、周囲との調和を意識する。
◎ 今後の私の目標
- ・ 理想像を胸に、その時、その時で一番正しいと思う道を選択し、自分の視野を広げつつ、少しずつ前に進んで行きたい。
峰雅樹、令和5年4月の県議選1495票でした。当選にはかなり遠く落選となりました。個人活動での挑戦の中、1495人の投票をいただいたことに心から感謝いたします。
私の高校生からの旅もここまででした。ありがとうございました。
峰雅樹、今後どのような気持ちになるのかも、自分を見つめていきます。
【令和5年4月県議会議員選挙ビラ・選挙ポスター・選挙公報・選挙新聞広告】
※資料をクリックして拡大できます。
(1) 選挙ビラ
(2) 選挙ポスター
(3) 選挙公報
(4) 選挙新聞広告
令和5年4月1日・5日に佐賀新聞に選挙広告掲載。
峰雅樹、令和5年4月の県議選1495票でした。当選にはかなり遠く落選となりました。個人活動での挑戦の中、1495人の投票をいただいたことに心から感謝いたします。
私の高校生からの旅もここまででした。ありがとうございました。
峰雅樹、今後どのような気持ちになるのかも、自分を見つめていきます。
【令和5年2〜3月政治活動討議資料】
※討議資料をクリックして拡大できます。
峰雅樹、令和5年4月の県議選1495票でした。当選にはかなり遠く落選となりました。個人活動での挑戦の中、1495人の投票をいただいたことに心から感謝いたします。
私の高校生からの旅もここまででした。ありがとうございました。
峰雅樹、今後どのような気持ちになるのかも、自分を見つめていきます。
【経歴・取組み内容等】
- (1) 昭和36年(1961年)2月
- 唐津市山本で国鉄職員の兼業農家の次男として出生。
- (2) 昭和36年(1961年)2月〜48年(1973年)3月:幼少〜小学生
- 古き良き時代で、野や川や山に遊ぶ元気な子供らしい子供。ソフトボールや元気よく歌うのが好き。学年2クラス、よく学級委員にもなっていた。小学3年生の頃、人生は限りがあると気づいたが、人のためになる生き方をしようと思ったことで気が楽になった。小学校6年時に子供クラブソフトボール校区大会優勝し、市大会参加(キャッチャー)。
- (3) 昭和48年(1973年)4月〜51年(1976年)3月:中学生
- 1学年3クラス、まだ小学生時代の延長の部分もあった。中学3年生の頃は自分の能力の限界を感じ始めていた。生徒会議長や副会長、テニス部キャプテン(実力は普通)。中学1年時に子供クラブソフトボール2年連続市大会参加、市大会準優勝(キャプテン、6番キャッチャー)。
- (4) 昭和51年(1976年)4月〜54年(1979年)3月:高校生
- 唐津東高等学校。帰宅部。特に目立たない子供っぽい普通の高校生。高校2年時後半から、大人への脱皮を模索。
- 高校3年時のソフトボールクラスマッチで6番セカンドで出場、打席に立った際に、男子クラスの多くの友人達から名前のコールを受け、友人への感謝とともに自分の努力不足を悔やむ。試合中、気が付けば、セカンド後方のボールを必死に追いかけて捕っていた。今は無力でも、これから自分を磨き続け、誰にも負けないような日本一の男になりたいという気持ちを持つ。まずは、3年程度をかけ自分の考えを持つことを決心【第2ステージ突入】。
- 高校3年時、自宅で一生懸命勉強に励む。
- (5) 昭和54年(1979年)4月〜58年(1983年)3月:大学生
- 九州大学経済学部経済工学科、福岡市1人暮らし。サークルは入っていなかった。自分の考えを持つため、心の旅や試行錯誤を続けたが、大学2年時後半には困難と思い挫折感を感じる。その後、静かな気持ちとなり、達成感も感じる。
- 唐津市の成人式では、学校代表で壇上にいたが、胸の高鳴りが数分間続いた後、静かな気持ちとなった。この3年間、自分なりに努力したんだなと思うとともに、この気持ちで今後も一生懸命の気持ちを持って突っ走ろうと考える。
- 大学3年時は大学・アパートの一室で一生懸命勉強。大学4年時前半は県庁試験に向けラストスパートの勉強。
- この頃、トマトジュースや野菜ジュースが健康によいと思い始める。
- (6) 昭和58年(1983年)4月:佐賀県庁就職
- 就職を機に唐津市に戻る。新採時の目標は県教育長。(残念ながら実現できず。)
- (7) 昭和58年(1983年)4月〜58年(1983年)4月:福祉課老人福祉係
- (8) 昭和58年(1983年)5月〜61年(1986年)3月:唐津県税事務所納税課
- 税滞納金の徴収担当。積極的に訪問徴収した。
- (9) 昭和61年(1986年)4月〜平成2年(1990年)3月:教育庁総務課庶務係・財務係
- 庶務係では事務費支出と庶務一般及び教職員定数を担当。児童生徒数水増し問題があり、担当として全県調査を企画し実施した。財務係では授業料減免、教材備品予算、養護学校の予算取りまとめ等に取り組んだ。
- (10) 平成2年(1990年)4月〜7年(1995年)3月:経営指導課・金融商業課金融係
- 県制度金融・信用保証協会や信用組合を担当。松浦信用組合の佐賀銀行への事業譲渡の担当として、計画策定、欠損金の支援策策定、銀行側資産査定の調整など、譲渡事務の準備、実施等を行い、平成6年10月に事業譲渡を実現。
- 平成2年10月結婚を機に佐賀市本庄町の職員宿舎に転居。平成6年3月佐賀市兵庫町(現:兵庫南)に転居。
- (11) 平成7年(1995年)4月〜8年(1996年)12月:世界炎の博覧会事務局催事課
- 世界炎の博覧会のイベントを担当。フレイム24ミュージカルチームの立上げ、イベント広報、イベント協賛依頼、有田会場のイベントや催事の参加者との調整等を実施。
- (12) 平成9年(1997年)1月〜12年(2000年)3月:漁政課漁業調整係
- 200海里施行予定に伴う200海里内での4魚種の漁獲量管理や外国水域操業許可の支援業務等を担当。馬渡島等のフグはえ縄漁船の韓国水域操業、許可取得や操業方法等の説明・支援等を実施。
- (13) 平成12年(2000年)4月〜15年(2003年)3月:企画調整課企画調整主査
- @ 佐賀銀行総合企画部派遣研修
- 佐賀銀行総合企画部に1年間派遣研修。経済リポートの作成担当。民間企業を経験、思考の幅が広がる。この時から、経済紙は20年超購読、民間的発想に好影響。
- この頃、弱アルカリ体質がよいと再認識し、アルカリイオン水で抗酸化作用のあるお茶を毎日飲むことを始める。
- A 企画調整課企画担当
- 政府予算提案の県全体のとりまとめ等を実施。鳥栖丘陵の開発土地の大学等への売却等の担当、アウトレットモールの土地購入話が持ち上がる。
- (14) 平成15年(2003年)4月〜18年(2006年)3月:商工課企画調整主査・係長、新産業課係長
- 財団法人佐賀県地域産業支援センター(現:公益財団法人佐賀県産業振興機構 佐賀県産業イノベーションセンター)に3年間派遣。経営支援課長や経営支援チームリーダーとして、創業やベンチャー支援を実施。ベンチャーを目指す企業の方の前向きな取組みを体感できるとともに、支援能力向上を研鑽。
- ベンチャー企業者との勉強会で、自分のミッションステートメント(いわゆる「企業目標の提示」)を初めて整理、その後も微修正を続ける。
- (15) 平成18年(2006年)4月〜20年(2008年)3月:建設技術課副課長
- 建設技術課の建設業許可、建設工事入札参加資格、建設工事入札制度、建設業新分野進出等の担当副課長。建設工事入札制度の全面改正を行うこととなり、条件付き一般競争入札の全面導入、入札参加資格の等級枠の設定等の担当や事務的とりまとめを実施。
- この頃、数年前から考えていた佐賀県民行動指針七箇条条例の案を文字で初めて整理、その後も微修正を続ける。
- (16) 平成20年(2008年)4月〜22年(2010年)3月:県立学校再編整備室副室長、学校再編・新太良高校準備室室長
- 県立学校の再編計画の推進、県立学校の学級数の確定、高校入学者数の公私比率検討及び私立側との協議等を実施。室長時代は太良高校改編計画の策定のとりまとめを実施。県議会常任委員会で太良高校改編について答弁。
- (17)平成22年(2010年)4月〜24年(2012年)3月:監査委員事務局監査監
- 行政監査、財政的支援団体、住民監査担当の監査監。住民監査では、県警電子申請システムや県議会政務調査費の住民監査の事務的とりまとめを実施。
- (18) 平成24年(2012年)4月〜27年(2015年)3月:県立図書館副館長
- 図書館システムの更新、県立図書館好生館分室開設、大和書庫の整備や図書館の耐震工事について、担当やとりまとめを担う。図書を利用した経営相談も実施。図書館勤務となり、自分のミッションステートメントに、文化を尊び、皆とともに、新たな文化を築き上げるを追加する。
- この頃、人間の健康には亜鉛が重要ということを認識。
- (19) 平成27年(2015年)4月〜30年(2018年)3月:県産業技術学院副学院長
- 県産業技術学院では、総務事務や庁舎管理、工事事務等をとりまとめ役や担当者・側面支援者として実施。ものづくり人材育成、在職者訓練、民間委託訓練などの取組みを側面支援。
- 平成27年度頃、県庁で昇格する困難さを実感する。一方で、達成感と清々しさも感じ、自分が求めていたものの一つが人間としての成長であることに気づく。また、目標が達成できなくても、達成感を感じれることを認識する。自分のミッションステートメントに、「心の余裕と調和、恕(おもいやり)の心」を加え、人生の第3ステージに入ろうと考える【第3ステージ突入】。
- 平成29年度頃、県庁退職後も挑戦の気持ちを持つことを考える。
- (20) 平成30年(2018年)4月〜31年(2019年)3月:武雄県税事務所副所長
- 武雄県税事務所では、総務事務のとりまとめ、総合庁舎の庁舎管理、課税事務の確認等を実施。滞納処分の効果を確認するとともに、県税の重要性について、再確認。
- 出勤前等に毎日45分程度、台昇降、腹筋、腕立て等の運動の日課を開始、現在も実施継続。
- (21) 平成31年(2019年)4月〜令和3年(2021年)3月:九州陶磁文化館統括副館長
- 県組織での所属長として、より高い判断等ができるよう、これを機に人生の第4ステージに入ろうと考える【第4ステージ突入】。
- 館の統括として、総務事務、庁舎管理、各種契約、工事等のとりまとめ、学芸業務の側面支援を実施。九陶初の実行委員会方式である[ 有田×野老 ]展の開催委託や第4展示室の展示内容の全面リニューアルなどで事務的とりまとめや側面支援を担った。
- 令和3年2月28日60歳の還暦を迎え、挑戦の気持ちを継続することを目標に、人生の第5ステージに入ろうと考える【第5ステージ突入】。
- 令和3年3月38年間の県庁職員退職。
- (22) 令和3年(2021年)4月〜令和4年(2022年)12月:学校教育課主査(再任用)
- 総務事務、後援事務、小中学校・県立学校の文化庁の巡回・派遣公演事業等担当。再任用者としての取組みも日々体感。
- 令和4年12月1年9か月間の再任用職員退職。(現役を含め39年9か月の県庁職員終了。)
- (23) 令和5年(2023年)1月〜4月
- 令和5年4月の県議会議員選挙に無所属で挑戦、事前政治活動は個人、選挙運動も少人数で挑戦し、県議選1495票。当選にはかなり遠く落選。
- (24) 令和5年(2023年)7月〜
- 国地方機関一般相談員。
峰雅樹、令和5年4月の県議選1495票でした。当選にはかなり遠く落選となりました。個人活動での挑戦の中、1495人の投票をいただいたことに心から感謝いたします。
私の高校生からの旅もここまででした。ありがとうございました。
峰雅樹、今後どのような気持ちになるのかも、自分を見つめていきます。
【創業・ベンチャー支援時に研修等で獲得した中小企業経営での参考となる事項】
(1) 事業を営むうえでの参考となるいくつかのコツ
@ 粗利総額と固定費の関係を頭に入れた商売のコツ
売上高
(売価×数量)
|
変動費
(原価×数量)
|
粗利総額
(粗利×数量) |
固定費
|
利 益 |
※損益分岐点比率の公式
固定費/粗利総額×100
・ 〜 59 超優良企業
・ 60〜 79 優良企業
・ 80〜 89 普通企業
・ 90〜 99 危険水域
・100〜199 赤字企業
・200〜 倒産企業
*ただし、業種で相違
|
- 粗利総額と固定費が同額になるときが損益分岐点。
- 商売はまず固定費をどのようにして稼ぎ、次に利益をどう上げていくかであり、固定費と必要な利益の粗利総額を稼ぐため、売価、原価、数量、固定費を決めていく必要がある。
- 数量が同じであれば、@売価アップ、A原価ダウン、B固定費削減の順に利益に貢献するため、いかに高付加価値の商品を顧客に買ってもらうか、いかに仕入れ価格をおさえるかに尽力する必要がある。固定費は当然抑えなくてはならないが、ある程度軌道に乗った段階では固定費を過度に抑えるよりも、売価アップや原価ダウンの方策を考えることが必要である。
- 第一に売上高に着目するのではなく、あくまで第一に(固定費額を把握した上で)粗利総額は固定費をどの程度稼いでいるかに着目し、毎月の粗利総額の目標を決めた経営を心がけることが重要である。
- なお、決算書上は利益が出る場合も、仕入れの支払時期、売上の収入時期等により、運転資金が不足する場合もあり、資金繰りの管理も重要である。
A 営業のコツ
- ・ 営業リーダーの心構え
- お客様の利益に貢献し、お客様の問題や課題の解決を支援し、お互いの利益の最適化を考え、日々あるべき姿を描き実行する。
- (お客様自身に課題(ニーズ)を気付かせ、顕在化させれば、契約の可能性が高まる。)
- ・ 訪問のステップ
- 商談では自社の商品説明より、顧客の課題(ニーズ)を知ることが先決、商品説明は商談プロセスの最終段階でし、まず、お客様の課題の情報収集が必要である。
- (お客様に聞き、質問し、お客様の課題を知り、お客様に最善の提案を行う。)
- ・ 営業の仕事は話すことではなく、質問力、傾聴力が重要
- 質問は短くする。まず閉ざされた質問(はい、いいえでのみ答えられる質問)から入り、開かれた質問(はい、いいえで答えられない質問)で話す。
- ・ (補則参考)社員育成で有効なコーチングでも質問は大事
- 人を成長に導く手法のコーチングでも質問が重要。まずティーチング(教える)、次にコーチング(よい質問を行い考えさせる)、スランプ時はカウンセリング(相談)を使い分ける。
B 新商品開発のアイデアを出すコツ
- ・ 考えようとする新商品について形容詞、動詞で表す。
- ・ その形容詞、動詞で表せる絵で書ける似たものを複数探す。
- ・ 自然界の生き物等を考えるのもコツ。竹とんぼ→ヘリコプター、鳥のくちばし→新幹線の形
- ・ 絵で描くことで、右脳を使うのがコツ。(火事場の馬鹿力と同じ状態になり、柔軟な発想が出やすい。)
- ・ その絵を観察し、それぞれのものについて、気づいたことを多数書き出す。
- ・ この方法であれば、一つの新商品に200ぐらいの参考事項が出る。
- ・ その参考事項から一番良いものや組み合わせてよいものを探し、アイデアとする。
C プレゼンテーションでの話し方のコツ
- 〇 プレゼンテーションのポイント
- ・ 相手の立場で(自分のためではなく相手のために話す)
- ・ 固定観念を無くし柔軟な対応
- ・ 四つのポイント(準備は十分に、話しは短くポイントをつく、絵を見て右脳を活用、評価は気にしない。)
- ・ 熱意を持って
- 〇 話し方の5大ルール
- ・ 話しは具体的に
- ・ できるだけ情景を詳細に
- ・ 感情はそのまま出す
- ・ やさしく話す
- ・ 1対1も、1対多数も同じで自然に淡々と話す。
- 〇 具体的な話し方
- ・ まず、結論を話す。(論点を示す。)「・・・について、ひとつあります。それは・・・です。」
- ・ 理由、根拠を話す。(論拠を示す。)「なぜならば、理由はひとつあります。それは・・・です。」
- ・ 再度、結論を話す。(要約を示す。)「まとめますと、結論としては・・・です。」
(2) 起業家としての心がまえ(参考資料)
@ ヤマト運輸褐ウ社長 都築幹彦 氏 の講演内容から作成
- ・ 問題は失敗することを恐れて何もやらないこと。惰性に流された会社はみんなおかしくなっている。(要するに惰性は楽。)
- ・ 信頼を得るためにどうすればよいか、実は経営の原点。
- ・ 特色のある会社、お客の口コミぐらい強いものはない。
- ・ 企業というものは常に小さなことでもいいから挑戦し、改善することが大切。しかし現実には一歩前に出たってうまくいかないことが多い。退がって頭冷やしてまた別の道を行ってみる。あっち行ったり、こっち行ったりしているうちに会社の土壌が柔らかくなる。
- ・ 常に一歩前へということによりお客さんと従業員の見方が変わってくる。お客さんは「あの会社がんばっているな、いい会社になるな」と思えば取引が強くなることになる。信頼感を持つ。
- ・ 従業員はトップの背中を見ている。トップががんばると従業員ががんばる。常に一歩前へということが大切。
- ・ 信頼こそ商品、従業員の資質にある。
A 「韓国IT中小企業経営者のための成功への道」から作成
- 元韓国ソフトウェア振興院iPark Tokyoシニアアドバイザー
- 高橋生宗氏(元東芝情報システムテクノロジー且謦役社長)
- 経営者には安住のオアシスは無く、砂漠の中を隊列を組んで歩むキャラバンの隊長のようなものであることを、自分自身にいい聞かせ、心して経営に当たることが肝要。
- ○ 起業前準備の心構え
- ・ 起業家は、程度の差はあれ、「志」を描く。「志」は描くことに意義があり、実現するかどうかが問題ではない。自分は、なぜ企業を起こすのか、その原点を確認することが必要。
- ・ 初心を明確にすることにより、これから遭遇する荒波を乗り越える気力の原動力になる。
- ・ 社長は格好が良いから、威張りたいから、お金持ちになりたいからでは、人の共感は得られない。共感を得て、協力したくなる「志」が重要。
- ・ 「志」に従って活動し、経験を積み、試行錯誤しながら「志」の真の目的を認識し、実現し、経営者として成長していく、そのプロセスが重要。
- ○ 一定の成功後
- ・ この時期、社長としてのステータスシンボルが欲しくなるが、社長は、経営者として、事業を成功させ成長させることが最大のステータスシンボル。
- ・ 一人悦に行っていれば、気が緩み企業経営が甘くなる。このような「社長」を見ていれば、心ある人は企業から去って行く。「見栄」は人格を曇らせる。従業員が去っていくのは、人格に魅力がなくなったことによる。>
- ・ 人間は絶えず努力しないと、「人間的魅力」はすぐ枯渇する。勉強していますと口で言っても、3年経てば嘘か本当かは誰でもわかる。自分自身であれば、3日間で解る。自分自身を3日間見ても解らないようでは重症。
- ・ 人間の魅力は、毎日の小さな積み上げによって、少しずつ磨かれる。
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